THE CHERRY COKE$のVO.KATSUOのLogBook


by YUICHIROtccs

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3.11 #チェリコ物語





2011年3月。

オレ達はNew Album"SEVEN"を録り終え、ツアーの詳細も決まり後はこの最高傑作のプロモーションを進める段階まで来ていた。

昔とは違い、などと言うと年寄っぽいが近年はTwitterやFacebook等のSNSの活性化により告知もだいぶし易くなった。

自分が発信した一つのつぶやきが皆の協力により見知らぬヒトへまで届く、バンドマンにとっては何とも便利で有難いツールだ。


今だってそうだ。

正直こうして毎日ブログを綴るのも、ソレが拡散され自分の手では補えない範囲への拡散されるコトを期待している。

自分達のコトを知らないヒトへも、皆の力を借り少しづつ拡がっていっているコトを実感している。


しかし時にコレが、今やるべきコトなのか、そんなコトを思い悩まされる時がある。






2011年3月11日。

その日は横浜F.A.Dでロットングラフティーのツアーへ出演する予定だった。

少し寝坊をし、それでもシャワーだけは浴びたかったオレは風呂場で髪の毛を洗っていた。



すると目を瞑っていても分かる位の揺れを感じた。

勿論すぐに地震であるコトは分かった。

いつもより大きい。


普段とは違う揺れに身の危険を感じ避難の方法をイメージしながらもこの時オレは

「あぁ、全裸のパターンか」

などと呑気なコトを思っていた。


風呂から出ても余震は続いている。

しかし寝坊により既に遅刻確定だったオレは地震情報も確認しないままライブの準備を済ませ早々に家を出た。

未だ余震が続き外では近所の住民が集まり不安げな表情で会話をしていた。


そんな光景をよそに横浜へ向かう為バイクで最寄の駅まで行った。

なんとなくは分かっていたが勿論電車は運転を見合わせていて出発の目途も立っていなかった。


しかたない、このままではリハーサルに遅れてしまうと思いバイクで横浜へ向かうコトに。

F.A.Dへ着いた頃はロットンもリハを終えていたが皆一様に表情が暗い。

この時点でまだコトの重大さを知らなかったオレは、地震の影響で皆少し遅れるだろうな位に思っていた。

しかしよく話を聞くとオレが思っていたモノとはかけ離れた事態が起こっていた。


近隣のライブからは尽くキャンセルの情報が入ってきた。

ロットン側のスタッフも詳しい状況がつかめるギリギリまで待ったが、最終的に中止の判断を下した。


メンバーとの連絡も着かづ暫くは待ってみたがそんな状況でないコトが時間の経過と共に分かり始め、再びバイクで家へと戻った。

横浜とオレの住む場所とは国道15号で一本なのだが、その時の光景は今まで生きてきた中で一度も観たコトが無い景色だった。

歩道はヒトで溢れかえり道幅の広い6車線の道路の信号、また隣接する建物の明かりは一切灯っていなかった。



そう、東北地方太平洋沖地震である。




この翌週、3月17日はSt.Patrick's Dayでオレ達も新代田FEVERでTHE CHERRY COKE$企画のイベントが入っていた。

しかし時間を追う毎に入ってくる情報はとにかく「電気を使うな」「節電」とういうコトだった。

その間都内でも多くのイベントが相次ぎキャンセルされていた。

娯楽どころではない、ましてや電気を大量に使うライブなんてもっての外、それが世論だった。

オレ達もまた当初はそんな気持ちだった。


しかし1日、2日と日を追う毎に本当にそれで良いのか、キャンセルするのは簡単だが果たしてソレが正解なのかを悩みはじめた。



FEVERの店長西村さんに電話をした。

ココでも連日イベントはキャンセルになっている状況だった。

オレ達の迷いを伝え西村さんの気持ちを聞き、今オレ達がどうするべきかを考えた。

メンバーともコレまでのバンド生活の中で一番真剣に話し合い意見を出し合った。

この日は自分達の企画というコトもあり前々から映像を撮ろうというコトにもなっていて、ソレを担当してくれる山田ホームのYAMADAさんにも今の気持ちを伝えた。



この時FEVER店長の西村さんの気持ちは「出来ればやってほしい」というモノだった。

その為の節電やいざの時の避難方法等も提案してくれた。

西村さんもまた迷いはあったと思うが、ソレ以上に音楽の持つ力を信じていた。

こんな時だからこそオレ達は音楽を止めてはいけないんだ、そんな想いが共鳴した。


YAMADAホームの山田さんは「オレ達は準備は出来ている、しかしバンドの決定に従う」というコトだった。



考えた。

考え悩んだ結果、オレ達の出した答えは予定通り決行しようという結論だった。

しかしやるからには何かしらの意味と気持ちを乗せたいと。


この決定からライブまでには2日しかなったが、考えた結果レコーディングをしソレを販売して義勇金にしようという話になった。

この時はRADIOTSとの2マンでRADIOTS側もこの決定を伝えたところ共感してくれ、そうと決まればすぐに作業に取り掛かろうと急な提案に対応してくれた。


それまで曖昧にしていたお客さんへのアナウンスもした。

賛否両論あった。

当たり前だ、誰も正解なんて分からなかった。


しかし、コレまで自分達が大切にしてきたモノ、信じてきたモノをもう一度考えたらやるべきだと思った。

日本国民ひいては世界の人々がこの震災に衝撃を受け心を痛めていた。

しかしこんな時こそ誰かを笑顔にしたい、ライブに来てくれたヒトを笑顔にしたいそんな気持ちでやって来た音楽の力を信じるべきなんじゃないかと思った。


西村さんは最大限の協力を約束してくれ、山田さんは「やりましょう!オレ達の正義を信じて」というメールをくれた。

迷いが吹っ切れた訳では無かったが、今自分達がやるべきコトは皆心の中で決まっていた。

やると決めた夜、早速スタジオに簡易的なレコーディング機材を持ち込み、唐突な申し出にも関わらずRADIOTSと共にレコーディングをした。


お互いがお互いの曲を演奏しメドレーにしたモノを録り、翌日にはジャケットをコピーしパッケージした。


決行するからと言ってお客さんが来てくれるかは分からない。

少なくてもしょうがない。


こうして迎えた当日、リハから皆緊張や不安を抱えながらも決意に満ちていた。

何が正解かは分からない、しかしオレ達の今出来るコトに最大限の力を持って挑もう。

そんな気持ちに共感してくれて、また同じように不安を抱えた多くのお客さんがオープンまえから会場前に列を作っていてくれた。

この時の模様は2nd DVD "CLOUD SEVEN"に収録されているが、このイベントを終えて少しだけ自分達の迷いは消えたのかなと思う



やってよかった、そんなモノとは少し違うがこの時ライブをしたコト、そしてその音楽の力を信じていた多くのお客さんがいたコトを実感した。


この時ほどライブをすることの意味、ライブをするというコトへの迷いを感じたコトは無い。






こうして今でも癒えぬキズを残した震災の翌月4月に4枚目となる"SEVEN"は発売された。

ジャケットは世界的なタトゥーアー"TOKYO HIRO"氏が担当してくれた。

冒頭で書いた通り、普段とは違い告知やプロモーションも少なかったがそれでも皆が楽しみに待っていてくれたコトが嬉しかった。


この時のツアーは全国40箇所以上の土地を周り、バンドとしても今までより本数も規模も大きなリリースツアーを敢行した。

毎回映像やライン音源を録り、その夜にはホテルの部屋でメンバーと反省会を繰り返した。

STEP UPからの最後のリリースとなった作品だが多くの経験とこの先に活きる意味のあるモノになったコトは間違いない。


在籍期間3年の間には今に繋がる多くの出逢いや経験。

RYOSUKE社長はじめ沢山のヒトの力を借り、バンドとしても大きな成長を遂げたこの時代もまたTHE CHERRY COKE$にとってとても大切な期間だった。


心からの感謝を込めて。


ありがとう!!STEP UP RECORDS。



続く…


赤坂BLITZまで後2日!!!


【RASCAL TRAIL】

山梨の牧場を貸し切って撮影した作品。

撮影途中には思わぬ雪が降ってきて苦労したが機材を濡らしながらも撮影を続行。

THE CHERRY COKE$の新しい可能性を詰め込んだ大切な一曲。

是非ご覧ください。

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LIVE情報→ www,thecherrycokes.jp


KAT$UO
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by YUICHIROtccs | 2013-12-22 02:40