THE CHERRY COKE$のVO.KATSUOのLogBook


by YUICHIROtccs

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チェリコ赤坂BLITZ終了!!!ありがとうございました!!!


ふぅ…。











ありがとーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!


"Hoist the COLOURS"THE FINAL@赤坂BLITZ終了しました!!!


なんだかやりきった次の日がクリスマス・イブだなんてロマンチックだね!


さて。


先ずはオレ達THE CHERRY COKE$の晴れ舞台へお祝いに駆けつけてくれた全国の仲間へ感謝を。


大きな振り落とし幕に映像が映っていた時にはステージに板付いていたんだけど、あの瞬間のミンナの大きな歓声に幕の裏で震えてた。

そして幕が降りた時の光景、一人一人の顔が見えた瞬間早くも涙が零れてきそうで凝視出来なかった。

いつもいつも来てくれるヒト達、ライブ後話かけてくれるコ、TwitterやFacebookでコメントをくれるヒト、遠い中頻繁に飛行機や新幹線で来てくれるヒト。

正直ミンナの本名や普段どんな環境で何をしているかは知らない。

けど、ミンナがいつもチェリコを応援してくれているコトは知ってるし、いつもフロアで楽しんでくれているコトは知ってる。

名前は分からないけど顔はシッカリと分かる。

そんな全国各地でオレ達を待っててくれる仲間の顔が見えた瞬間の感動や心強さはちょっと言葉じゃ伝えられない位のモンだったよ。

本当に嬉しかった。

ありがとう!!



普段から遊んでる仲間や地元の連中も沢山遊びに来てくれて嬉しかった。

当日会場には来れないけどって、メッセージやコメント、メールや電話をくれた沢山の仲間にも感謝です。

沢山のお花や差し入れもありがとう。


「四国のブリーフ海賊団」とだけ書かれた差出人が分からない立派なお花が届いてた。

本当に粋なコトする連中だよ。

四球星ありがとう。


いくら文字にしても伝えられない位、感謝でいっぱいの夜だった。




ココに至るまでには本当に長い時間と沢山の協力があった。

事務所では何度となくミーティングを重ね、多くのヒトの時間や知恵を借りた。

メンバーのやりたいコトやイメージを挙げ実現できるコト、出来ないコト。

その為に必要なコトや準備するコトなどを何度も話し合った。

社長も含めこの赤坂BLITZに関わってくれる人達と真剣に話し合った。



勿論赤坂BLITZのような大きな会場でやるにはそれ相応のお金もかかる。

来てくれるミンナにはあまり関係の無いコトだけど、最初からソールドアウトしても足が出る採算度返しの計画だった。

それでもオレ達の意見を出来る限り聞き入れてくれ、最大限の協力をしてくれたMAD TV ARTISTSという会社には本当に感謝している。

お金じゃなく来てくれるミンナが喜んでくれるモノを創ろうと言ってくれた結果が昨日のライブだったと思う。



ステージを盛り上げてくれたダンサーの方々にも心からの感謝をしたい。

セットが出来たのもギリギリだったからリハーサルもやりづらかったと思うけど、どうしたらもっと良くなるかをミンナ真剣に考えてくれた。

何度もスタジオに足を運んでくれて、曲に合わせイメージを擦り合わせて一緒に創り上げて。


音響担当のANDREW君は当日別現場で自分のライブがあるにも関わらず音響機材の発注含め仕込段階から本当に多くの協力をしてくれた。


照明も凄かったでしょ。

BLITZのような場所は照明も全て持ち込みなんだけど、担当してくれた鈴木Jimmyさんもまたリハーサルやミーティングに参加してくれて、どうやったらこの世界観を表現できるかを考えてくれた。

無茶な要望にも無理なんて一言も言わずに全て実現してくれた。

実は昨日のライブ前日にJimmyさんのお母様が亡くなられて、本当なら誰かに任せてでも駆けつけるコトだった筈なのに、当日誰よりも早く現場に入り仕込をして、最後の最後までチェリコのステージを彩る為に協力してくれた。


衣装を担当してくれたFAWKSの田嶋さんは今回アー写やMVでも協力してくれた方で、今回のライブでもそのイメージに近づける為に色々と走り回ってくれた。


途中オレは着替えをしたんだけど、あのスーツは仲間が作ってくれたモノなんだよ。

ライブでの動きやすさやステージで映えるシルエットまで考慮して作ってくれた。

自分に何か協力出来るコトは無いかって無償でやってくれた7&4のガンちゃん。


そして黙ってようと思ってたんだけどMASAYAやHIROMITSUが言ってくれたから書いちゃうけどステージセットは自分達で造ったんだよ。

MASAYAはブログでカッコ良く書いてくれたけど、オレは自分のコトだから出来る限りのコトをしただけ。

だけどコノ話に「面白そうじゃん」と協力してくれた仲間には心から感謝したい。

皆仕事や家庭を持っている中で疲れているだろうに、何の見返りも求めずに夜遅くまで作業してくれた。

場所の提供、材料集めから制作と3ヶ月間位かけて毎日根気よく進めてくれて。

ライブが近づくにつれてオレは作業に参加出来ないコトが増えたけど、それでもオレが居ない時もミンナ作業してくれてた。


そして今回はウチの取締役の一人、山田能龍さんが演出を担当してくれた。

あれだけのコトを詰め込んだらとてもじゃないけど自分達だけじゃ扱えなかった。

お客さんの立場に立ってどうやってライブが展開されていったら楽しいかを真剣に考えてくれた。

多くのアイデアを纏め一つのカタチに実現してくれた。


もう一人の取締役、久田さんも常にメンバーのケツを叩き鼓舞してくれた。

限られた時間の中でカタチにするには辛いコトもあったけど結果無理をしてでもやって良かったと思えるコトばかりだった。


舞台監督の青木さん、ライブ制作の前田さん、興業元のSMASHさん。

これだけの多くのコトを纏め取り仕切ってくれたからこそ、このライブが上手く回ったんだと思う。


バンドとの距離も一番近く今回も多くの面倒をかけちゃったけど、いつも熱い想いで動いてくれるマネージャーの田口君。


そして事務所の社長千佐隆智さんには全ての負担をかけてしまったけど、進んでリハーサル現場やミーティングにも参加してくれて惜しみない協力をしてくれた。

ライブが終わった後泣いてくれていたという話を人伝に聞いた時は本当に胸が熱くなった。


こうしてミンナが自分の仕事に誇りを持って取り組んだからこそ、そしてその持てる力全てをTHE CHERRY COKE$に提供してくれたからこそ実現出来たライブだったと思います。


だからこそ良いモノにしたかった。

行って良かったって言ってもらいたかった。

何としても成功させたかった。

ありったけのミンナの気持ちが詰まった赤坂BLITZ。



結果は昨日あの場に来てくれたミンナが判断してくれたらイイ。



オレはやれて良かったと心から思ってる。

たとえステージという表舞台に立たなくとも、そこに辿り着く迄には多くのヒトが影でオレ達を支えてくれたというコトに心から感謝してコレからも忘れないでいたいと思う。



あらためて、2013年12月23日THE CHERRY COKE$"Hoist The COLOURS"THE FINALに関わってくれた全ての方へ、様々な形で応援してくれた方、遊びに来てくれた方々とメンバーへ心から感謝いたします。


ありがとう!!!!!!!!!!楽しかったぜーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!!!



I hope that HAPPY CHRISTMAS comes to you☆☆☆

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KAT$UO
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# by YUICHIROtccs | 2013-12-25 02:02

12月23日Hoist The Colours チェリコ物語-最終話-



駆け足で書いてきたので話が飛んでいたり前後するコトがあるので、少し整理をしたい。


先ず、長い間サポートとしてドラムを担当していてくれたMOCCHIはアメリカから帰ってきた少しあとに、1年間の本気でのお笑い活動を終え、その答を出した。

相方とも真剣に話し合いその中で、お互い別の道を歩もうという結論に至った。

MOCCHIはバンドにその気持ちを真摯に伝えてくれた。

今までもサポートという立場でありながら、他のドラマーがチェリコのドラムを叩いているのは辛かったと。

このバンドのドラムは自分以外いないと。

勿論オレ達もそう思っていた。

こうして結成当時からずっとTHE CHERRY COKE$のドラムとしてバンドを支え続けてくれていたMOCCHIが正式メンバーとして加入するコトになった。



そしてもう一人、ホームページの募集で出逢い6年という歳月バンドをサポートしてくれていたTA-CHINは"SEVEN"のツアーを最後にバンドを離れることになった。

本当に沢山の負担や苦労を掛けてしまったけどいつも笑顔でオレ達を支えたくれた。

演奏こそしなかったが間違いなくTHE CHERRY COKE$のメンバーだったし、この先もその事実は変わらない。


先日のブログでTA-CHINのコトに触れ「オレ達赤坂ブリッツでやるんだぜ」と書いたが、そんなコト言われなくても知ってるし既にチケットも持ってるとメールが来た。

「オレが言うのも烏滸がましいけど感慨深いです」だって。

本当に水臭いヤツだ。

優しくて温かくて今でもオレ達を気にかけてくれているそんな男。

心から感謝してるよ。







さて、昨日の続きに話を戻そう。



3年間のSTEP UP RECORDS時代、そして12年間のバンド生活を経てバンドは新たな可能性を求めレーベル移籍をするコトになる。

それはメジャーへの挑戦。



以前にも書いたが昨今のパンクロックシーンの快進撃、そして音楽シーン全体のビジネス的な部分での不況。

そんなコトを考えるとインディーズでもメジャーでも活動をしていく上でそれ程変わりは無いような気がしていた。


しかし、この12年というバンドマン生活も気が付けば自分の人生の3分の1以上を占めていた。

元は地元のプールバーでのノリから始まり東京の外れの小さな町で産まれた鼻歌が、多くの仲間の協力と時間を経てCDとなり、今では全国のヒトの手元へと届くようになっていた。

辛いコト、むかつくコト、しかしそれを帳消しにする程の楽しいコト。

バンドを続けてきたからこそ得ることの出来た多くの経験。

紆余曲折はあったものの、飽きっぽい性格のオレがよく一つのモノをココまで続けてこれたなと思う。


しかし一つのコトを長く続けてくれば当然終わりも意識し始める。

音楽は永遠に残る。

しかしナマモノとしてのバンドはきっと永遠じゃない。

理由は様々だが、本気になればなるほど不安も出てくる。

喜びを勝ち取る為に多くの犠牲も払ってきた。


果たしてこの先自分達はいつまでTHE CHERRY COKE$としての生活を続け、何処へ向かうのかそんなコトを考え始めていたのかもしれない。

THE CHERRY COKE$というバンドの将来、そしてバンドマンである前に一人の人間としての未来を考えたら、今しか出来ないコトややり残したコトが見えてきた。

こうしてオレ達は今までTHE CHERRY COKE$が経験したコトの無かったメジャーというフィールドでの活動を決めた。


とは言え、そうと決めたからといって直ぐに移籍先が決まるモノではない。

より多くのヒトやお金が動くメジャーでのリリース。

各レコード会社の見解はシビアだ。


活動期間が長い為色が付きすぎている、国内において民族楽器を使っているバンドが今までメーンストリームに躍り出てきた前例も少ない、パンクロックを売り出すフォーマットが無い等。

つまりメジャー商品として扱うには懸念事項が多すぎるバンドだったのだ。



そんな中、以前STEP UPへ移籍する前から面識のあった"徳間ジャパン"が移籍の話を聞きつけ声をかけてくれた。

現在レコード会社のA&R担当をしてくれているヒトの中には高校時代チェリコを聴きながら通学していたという人物や地元が近く同い年のヒトもいる。

やってやろうぜ、THE CHERRY COKE$の音楽でメジャーシーンに殴り込みをかけてやろうぜ、そんな気持ちを持って徳間ジャパンが力を貸してくれるコトになった。


この時の気持ちは今駆け足で綴るよりも2年前に書いたモノを読んで頂いた方が伝わると思うので時間のある時にでも読み返してほしい。


~カツヲのヨイドレ航海日誌~【BLACK REVENGE☆】

こうして出来上がったメジャー1stアルバム"BLACK REVENGE"は2012年7月4日に徳間ジャパンコミュニケーションズよりリリースされた。



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01.LUMBER JACK RIOT
02.BOUND PRISONER
03.KISS IN THE GREEN ~Drunken lovers nite~
04.DEAD END
05.FORWARD AGAIN
06.嘆きのMELODY
07.FLOWERS
08.BLUE PAIN
09.GIVE ME SHINE
10.BLAZE OF GLORY
11.BLOW AWAY
12.BRIGHT THE LIGHT
13.THE PHANTOM SHIP


タイトルの"BLACK REVENGE"へ込めた想いは、メジャーシーンへの挑戦や今までオレ達を相手にすらしてくれなかった連中への反逆の狼煙だった。

16世紀にイギリス海域を拠点に世界の海を荒らした「黒ひげ」の愛称でも知られる実在した海賊"Edward Teach"の船"Queen Anne's Revenge"からも由来している。

少し物騒なタイトルだが、メジャーに行ったから変わったんだなんて言われないようにと意気込んでいた作品だった為に、結果今までのTHE CHERRY COKE$のどのアルバムよりも激しい内容になった。





バンドにはこのリリースともう一つ、大きな動きとして事務所への所属もあった。

今まではバンドとレーベルの契約だけだったのでお金のやり取りやスケジュール管理その他の全てを自分達で動かしてきたが

事務所へ所属するコトにより音楽以外の業務、今まで手の届かなかった部分までもサポートしてくれるようになりバンドとしての活動もだいぶ助けられた。



"BLACK REVENGE"のツアー中にはなんと次回作の話が既に進んでいた。

プロモーションの規模や媒体への露出の機会も増え感謝するコトはあっても、メジャーだからという理由での不満は無かった。

しかしインディーズ時代との大きな違いはこうした翌年や更にその先の計画が今やっているコトと同時に常に進み続けているといいう点だった。


正直戸惑った。

今はまだ今作のツアーが始まったばかりでネタも既に全て出し切った状態。

このスピード感に着いて行けてなかったオレ達は、正直コレから"新作"に関する活動をしようとしていたところに次回作の話をされても、という心境だった。



しかしレコード会社や事務所が本気で動いてくれている分、自分達は更に情熱をもってやらなくてはいけないという想いもあった。

こうして"BLACK REVENGE"のツアー中や遠征先のホテルでの楽曲制作が始まった。


時間が無いからという理由で拘りを捨てるなんてコトはしたくなかった。

一度やると決めた以上は言い訳は無しだ。



2013年の年明け、つまり今年の始め。

HIROMITSUやMASAYAは予定曲数の倍以上の曲を作り上げた。

そこからアルバムに収録する曲を選定する作業。


これで行くと決定した11曲を確認した時点からレコーディングを終わらせなくてはいけない期限までは既に2か月を切っていた。

ココから曲のサイズを決め各パート毎にアレンジを考え歌詞をつけプリプロを録り、レコーディング。

今までの活動の中でゼロから創り始め2か月間でフルアルバムを完成させた経験は無かった。

しかし出来ないという選択肢がない以上やるしかない、更にソコには妥協ではない目一杯の気持ちを込める必要があった。

バンド生命というのは一度の過ちや人の噂が長く尾を引くのを知っている。

失敗は出来なかった。




年の初めにメンバーへ年賀状を送った。

オレ達はコレからとんでもないコトに挑戦しようとしている、大変なコトだけど気持ちだけは擦り減らさずに行こうと。

きっとこう書くコトによって自分自身の不安や懸念を掻き消し奮起させようとしていたのかもしれない。


それからは昼夜問わずアルバム制作へ向けて各メンバー奮闘した。

先ずは楽曲を頭に焼き付ける為に聴きまくる、そこから世界観を創り上げ言葉を載せていく。

何をしていてもそのコトだけが頭にあり一日の終わりにはヘトヘトになっているが、今度はメロディーが頭から離れず眠い筈なのに目を瞑ってもループしている。

そんなコトを繰り返しながら上手くいかず落ち込んだりもした。

自分で書いておきながら年賀状に綴った気持ちを忘れそうな時もあった。

しかし、今オレ達は自分達で産み出した音楽を多くのヒトへ届ける為の作業をしている。

渋谷のど真ん中で沢山のヒトの力を借り最高の状況を用意してもらいレコーディングしている。

こんなに幸せなコトなのに何故難しい顔をしてやってるんだと、今にも負けそうな自分を奮い立たせた。



全ての作業が終わった時には皆安堵と共に疲労困憊していたがどうにかリリース日をずらすコトなくレコーディングは終了した。

こうしてメジャー第2弾通算6枚目となるアルバム"COLOURS"は2013年6月12日に徳間ジャパン・コミュニケーションズよりリリースされた。



そう、コレが明日赤坂ブリッツで行われるツアーファイナルの為の作品だ。


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01.DRUNKEN PIRATES ~終りなき夜の果て~
02.PALE YELL
03.Who killed the RED?
04.BITTERSWEET SUMMER DAYS
05.GLORY STORY
06.JOURNEY TO THE SUNLIGHT
07.SLY HIGH
08.bite me,deadly
09.misery-go-round
10.SHINING STAR
11.BURN




このアルバムは今までのTHE CHERRY COKE$の色を残しつつも色々な試みが詰め込まれているアルバムになった。

今までのチェリコには少なかった16ビートの曲も多くバラエティーに富んでいるコトや、歌詞に関しても今までの「オレ達からキミ達へ」ではなく「オレからキミへ」といった

直接的に気持ちが伝えられるように意識した。

コレが進化してきたTHE CHERRY COKE$の今のカタチだ。



タイトルの"COLOURS"には勿論「色」といった意味がある。

様々な楽曲から構成されるアルバムでその多色感を表してもいる。

通常米語だとCOLORSと"U"が入らず表記されるコトも多いが、コレはオレ達の音楽とも関わりの深いヨーロッパ流儀の表記。

そして"U"を入れるコトによってオレ達を表す数字、7という数になるのだ。


もう一つの意味は海賊言葉の「Hoist the colours」に由来する。

「旗を掲げろ」という意味の言葉だ。

この14年間の歴史、辿ってきた経緯など、時間を経た今だからこそ出来た作品。

強いだけじゃない、楽しいだけじゃない。

弱かったりしみったれた曲も今だから去勢を張らずに素直に表現出来たと思っている。


今一度"THE CHERRY COOKE$"というバンドが何者なのか、その旗を掲げる。

そんな意味が込められた作品になった。











さて。

このチェリコ物語も漸く現在まで辿り着いた。

だいぶ駆け足で進めて来たから書ききれないコトも沢山あった。

書かないほうがいいコトも沢山あった。



とても30日間じゃ書ききれるようなモノでは無いけど、少しでもオレ達のコトを知ってもらえたら嬉しいなと思っています。

先ずはこのブログを毎日楽しみにしてくれていた方々に心から感謝致します。


最近知り合いに会う度にブログ楽しみにしてるよなどの声をかけてもらいました。

TwitterやFacebookなどでも多くの方から力を貸して頂きました。

沢山のコメントや"いいね"もとても励みになりました。

御陰様で1ヶ月前と比べると、明日チェリーコークスが赤坂ブリッツでライブをするコト知ってくれたヒトが増えたと実感しております。

本当にありがとうございました。


こうして自分自身振り返ってみても、やはりコトある毎に力を貸して支えてくれていたのは仲間でありお客さんでした。

特に自慢するコトも無いのですが、その少ない中で唯一誇れるモノは、このバンドには沢山の仲間がいるというコトです。

ヒトに恵まれたというコトがこのバンドにとって一番の財産であり強みだと改めて感じました。






このブログを書き始めたのにはいくつかの想いがありました。


始めに書いた通り、一人でも多くのヒトにTHE CHERRY COKE$が12月23日に赤坂ブリッツでライブをするコトを知ってもらいたい。

その為の協力をお願いしたいという気持ち。

正直今のチェリーコークスに赤坂ブリッツというハコは身の丈に合わない程大きな舞台です。

しかし14年という活動を経てきていつまでも、徐々に上がっていく流れに身を置いているだけではダメなんだという想いがありました。

どこかで区切りをつけケジメを付けるコトもバンドにとって必要なコトなんだと思います。


中には色々な心配してくているヒトがいるコトも知っています。

しかしこの後もライブの予定は入っています。

来年のスケジュールも徐々に公開されています。


しかしこのライブで何か一つ、答を手繰り寄せようとしているコトは事実です。

その為にオレはどうしても沢山のヒトに明日のライブへ来てほしいと願っています。

金銭的なコトや興業としての話じゃない、多くのヒトが来場してくれるコトが必要だと感じています。



始めのほうにバンドをやっていくのは会社を運営していくようなものだと書いたけど、コレはバンド=仕事という意味ではありません。

14年前、何も分からず始まった悪ふざけが今でも続いている時間とお金をかけた派手な遊びだと想っています。

勿論お客さんからライブやCDの売り上げを頂き、多くのお金やヒトが関わっているという点ではビジネスになりました。

しかし、好きだから続けているコト、やっぱり最終的には楽しいから続けているコト、心の中ではそんなワクワクするような遊びの延長だと思っています。

きっと仕事だったらこんなには長く続けて来れなかったんじゃないかとも思います。


明日はそんなオレ達の人生の3分の1をかけた遊びの集大成を披露いたします。

14年間本気で遊んでたらこんなコトになったぜっていう最高の舞台に出来るように全力を尽くします。





この前美容院で目にした雑誌の占いに

「うまくいかなかったり悩んだりするのはソレだけ本気になっている証拠。実感が遅れてやってくるのは夢中で今を生きている証拠」

と書いてありました。

あまり占いなどを信じるほうではないのだけど、この言葉は胸に刺さりました。

何年か後にあの時は必死で分からなかったけど、やって良かったんだと思えるような、明日はそんな一日にしたいと思っています。

そして未だ白紙のこのブログの続きを書きたいなと思います。



最後に、オレがこんな告知をする前から当然だろと言わんばかりに既にチケットを買い楽しみにしてくれていたミンナ、それでも告知に付き合ってくれたミンナへ心より感謝をします。


いつもありがとう。

最高の一杯にしようね。



ヤッチマオウゼッ!!!!!




赤坂BLITZ、いよいよ明日!!!

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LIVE情報→ www.thecherrycokes.jp


KAT$UO




TOUR 2013"Hoist The Colours"THE FINAL

2013.12.23 [Mon] 赤坂BLITZ

開場 : 16:45/ 開演 : 17:30
前売 : ¥2,999/ 当日 : ¥3,500/ DRINK :¥500
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# by YUICHIROtccs | 2013-12-22 21:25

3.11 #チェリコ物語





2011年3月。

オレ達はNew Album"SEVEN"を録り終え、ツアーの詳細も決まり後はこの最高傑作のプロモーションを進める段階まで来ていた。

昔とは違い、などと言うと年寄っぽいが近年はTwitterやFacebook等のSNSの活性化により告知もだいぶし易くなった。

自分が発信した一つのつぶやきが皆の協力により見知らぬヒトへまで届く、バンドマンにとっては何とも便利で有難いツールだ。


今だってそうだ。

正直こうして毎日ブログを綴るのも、ソレが拡散され自分の手では補えない範囲への拡散されるコトを期待している。

自分達のコトを知らないヒトへも、皆の力を借り少しづつ拡がっていっているコトを実感している。


しかし時にコレが、今やるべきコトなのか、そんなコトを思い悩まされる時がある。






2011年3月11日。

その日は横浜F.A.Dでロットングラフティーのツアーへ出演する予定だった。

少し寝坊をし、それでもシャワーだけは浴びたかったオレは風呂場で髪の毛を洗っていた。



すると目を瞑っていても分かる位の揺れを感じた。

勿論すぐに地震であるコトは分かった。

いつもより大きい。


普段とは違う揺れに身の危険を感じ避難の方法をイメージしながらもこの時オレは

「あぁ、全裸のパターンか」

などと呑気なコトを思っていた。


風呂から出ても余震は続いている。

しかし寝坊により既に遅刻確定だったオレは地震情報も確認しないままライブの準備を済ませ早々に家を出た。

未だ余震が続き外では近所の住民が集まり不安げな表情で会話をしていた。


そんな光景をよそに横浜へ向かう為バイクで最寄の駅まで行った。

なんとなくは分かっていたが勿論電車は運転を見合わせていて出発の目途も立っていなかった。


しかたない、このままではリハーサルに遅れてしまうと思いバイクで横浜へ向かうコトに。

F.A.Dへ着いた頃はロットンもリハを終えていたが皆一様に表情が暗い。

この時点でまだコトの重大さを知らなかったオレは、地震の影響で皆少し遅れるだろうな位に思っていた。

しかしよく話を聞くとオレが思っていたモノとはかけ離れた事態が起こっていた。


近隣のライブからは尽くキャンセルの情報が入ってきた。

ロットン側のスタッフも詳しい状況がつかめるギリギリまで待ったが、最終的に中止の判断を下した。


メンバーとの連絡も着かづ暫くは待ってみたがそんな状況でないコトが時間の経過と共に分かり始め、再びバイクで家へと戻った。

横浜とオレの住む場所とは国道15号で一本なのだが、その時の光景は今まで生きてきた中で一度も観たコトが無い景色だった。

歩道はヒトで溢れかえり道幅の広い6車線の道路の信号、また隣接する建物の明かりは一切灯っていなかった。



そう、東北地方太平洋沖地震である。




この翌週、3月17日はSt.Patrick's Dayでオレ達も新代田FEVERでTHE CHERRY COKE$企画のイベントが入っていた。

しかし時間を追う毎に入ってくる情報はとにかく「電気を使うな」「節電」とういうコトだった。

その間都内でも多くのイベントが相次ぎキャンセルされていた。

娯楽どころではない、ましてや電気を大量に使うライブなんてもっての外、それが世論だった。

オレ達もまた当初はそんな気持ちだった。


しかし1日、2日と日を追う毎に本当にそれで良いのか、キャンセルするのは簡単だが果たしてソレが正解なのかを悩みはじめた。



FEVERの店長西村さんに電話をした。

ココでも連日イベントはキャンセルになっている状況だった。

オレ達の迷いを伝え西村さんの気持ちを聞き、今オレ達がどうするべきかを考えた。

メンバーともコレまでのバンド生活の中で一番真剣に話し合い意見を出し合った。

この日は自分達の企画というコトもあり前々から映像を撮ろうというコトにもなっていて、ソレを担当してくれる山田ホームのYAMADAさんにも今の気持ちを伝えた。



この時FEVER店長の西村さんの気持ちは「出来ればやってほしい」というモノだった。

その為の節電やいざの時の避難方法等も提案してくれた。

西村さんもまた迷いはあったと思うが、ソレ以上に音楽の持つ力を信じていた。

こんな時だからこそオレ達は音楽を止めてはいけないんだ、そんな想いが共鳴した。


YAMADAホームの山田さんは「オレ達は準備は出来ている、しかしバンドの決定に従う」というコトだった。



考えた。

考え悩んだ結果、オレ達の出した答えは予定通り決行しようという結論だった。

しかしやるからには何かしらの意味と気持ちを乗せたいと。


この決定からライブまでには2日しかなったが、考えた結果レコーディングをしソレを販売して義勇金にしようという話になった。

この時はRADIOTSとの2マンでRADIOTS側もこの決定を伝えたところ共感してくれ、そうと決まればすぐに作業に取り掛かろうと急な提案に対応してくれた。


それまで曖昧にしていたお客さんへのアナウンスもした。

賛否両論あった。

当たり前だ、誰も正解なんて分からなかった。


しかし、コレまで自分達が大切にしてきたモノ、信じてきたモノをもう一度考えたらやるべきだと思った。

日本国民ひいては世界の人々がこの震災に衝撃を受け心を痛めていた。

しかしこんな時こそ誰かを笑顔にしたい、ライブに来てくれたヒトを笑顔にしたいそんな気持ちでやって来た音楽の力を信じるべきなんじゃないかと思った。


西村さんは最大限の協力を約束してくれ、山田さんは「やりましょう!オレ達の正義を信じて」というメールをくれた。

迷いが吹っ切れた訳では無かったが、今自分達がやるべきコトは皆心の中で決まっていた。

やると決めた夜、早速スタジオに簡易的なレコーディング機材を持ち込み、唐突な申し出にも関わらずRADIOTSと共にレコーディングをした。


お互いがお互いの曲を演奏しメドレーにしたモノを録り、翌日にはジャケットをコピーしパッケージした。


決行するからと言ってお客さんが来てくれるかは分からない。

少なくてもしょうがない。


こうして迎えた当日、リハから皆緊張や不安を抱えながらも決意に満ちていた。

何が正解かは分からない、しかしオレ達の今出来るコトに最大限の力を持って挑もう。

そんな気持ちに共感してくれて、また同じように不安を抱えた多くのお客さんがオープンまえから会場前に列を作っていてくれた。

この時の模様は2nd DVD "CLOUD SEVEN"に収録されているが、このイベントを終えて少しだけ自分達の迷いは消えたのかなと思う



やってよかった、そんなモノとは少し違うがこの時ライブをしたコト、そしてその音楽の力を信じていた多くのお客さんがいたコトを実感した。


この時ほどライブをすることの意味、ライブをするというコトへの迷いを感じたコトは無い。






こうして今でも癒えぬキズを残した震災の翌月4月に4枚目となる"SEVEN"は発売された。

ジャケットは世界的なタトゥーアー"TOKYO HIRO"氏が担当してくれた。

冒頭で書いた通り、普段とは違い告知やプロモーションも少なかったがそれでも皆が楽しみに待っていてくれたコトが嬉しかった。


この時のツアーは全国40箇所以上の土地を周り、バンドとしても今までより本数も規模も大きなリリースツアーを敢行した。

毎回映像やライン音源を録り、その夜にはホテルの部屋でメンバーと反省会を繰り返した。

STEP UPからの最後のリリースとなった作品だが多くの経験とこの先に活きる意味のあるモノになったコトは間違いない。


在籍期間3年の間には今に繋がる多くの出逢いや経験。

RYOSUKE社長はじめ沢山のヒトの力を借り、バンドとしても大きな成長を遂げたこの時代もまたTHE CHERRY COKE$にとってとても大切な期間だった。


心からの感謝を込めて。


ありがとう!!STEP UP RECORDS。



続く…


赤坂BLITZまで後2日!!!


【RASCAL TRAIL】

山梨の牧場を貸し切って撮影した作品。

撮影途中には思わぬ雪が降ってきて苦労したが機材を濡らしながらも撮影を続行。

THE CHERRY COKE$の新しい可能性を詰め込んだ大切な一曲。

是非ご覧ください。

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LIVE情報→ www,thecherrycokes.jp


KAT$UO
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# by YUICHIROtccs | 2013-12-22 02:40