THE CHERRY COKE$のVO.KATSUOのLogBook


by YUICHIROtccs

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バンドとお金☆

2002年に入ると徐々にライブ本数も増えてきた。
この頃の主な活動の場所と言えば渋谷だとGIG-ANTIC、新宿だとANTI-KNOCKやURGA、DOCTORなどが多かった。
BARROW GANG NIGHTで繋がった仲間から更に仲間が増え、イベントもボチボチ打てるようにはなったが
当時はお客さんと言っても殆どが友達で、毎回電話やメールで遊びに来てくれるようにお願いしていた。

駆け出しの頃というのは例え友達のイベントと言えどもノルマというのがあった。
1バンド10~20枚のチケットを受け持ちそれを捌く。金額にして毎回3万~5万位のノルマ。
しかし上記したように殆どが友達でしかもコチラから来てくれとお願いしているので、なかなかお金も取れない。
声を掛け過ぎて多い時には7万位の自腹を切ったコトもあった。

いつの頃からか出演料を貰いライブが出来るようになったが、この頃はライブをやる度にお金がかかるモノだと思っていたし
それ程疑問にも思っていなかった。

もしこのblogを読んでくれているヒトの中に今バンドを組んでいて、この頃のオレ達と同じ状況で
悩んでるヒトが居るなら、諦めずに続けて行けばギャラは貰えるようになるよと伝えたい。

しかしお金はバンドを続けて行くか、夢半ばで諦めるかの天秤にもっとも大きく関わる問題。

音楽が好きだから、女の子にモテたいから、好きなバンドマンに憧れて、自分の世界を音楽で表現したいから…。
バンドを始める切っ掛けなんて幾らでもあると思うけど、仲間と一緒に同じ目標の為に動き出し
時間をかけ、お金をつぎ込み。
いつの間にか目標が高くなり、やがて沢山のヒトの手を借り…。
バンドを始めた筈なのにいつの間にか会社を経営しているような感じになってるんだよね。
コレはネガティブな意味合いではなくてね。

バンド活動はお金がかかる。始めのウチは練習するにもライブをするにもお金がかかる。
コレはしょうがないコトだと思う。未来への投資だと思うしかない。
しかし今度は本気になればなるほど、そのお金も時間も更にかかるようになる。
振りかえれば今まで払って来た犠牲が背中を押し、後戻りも出来なくなっている。

きっと長く続けているバンドは幾度となくこうゆう決断を繰り返して来たと思う。
しかしソレでも続けているというコトは、そんな色んなモンを乗り越えて来てるんだよね。

右も左も分からないただの酒飲みやパンクスがいつの間にか音楽ビジネス、エンタメ業界ってモノに足を踏み入れてて
気が付けば多くのヒトを巻き込んでいて。

チェリコで言えば7人で始めた会社。誰が社長ってコトもない、7人協同出資の小さな会社。
乗り越えてきた壁の数だけ大事にしたくなるし、背負った荷物の数だけ愛おしくなってくる。

お客さんにお金を払ってライブに来てもらう、コレは本当に大変なコトだと思う。
実際オレもこうして毎日blogを書いている裏には、1人でも多くのヒトにTHE CHERRY COKE$というバンドを知ってもらいたい、ライブに来て欲しいという想いがある。
コレは現状に満足していない限り、そして続けて行く限り付いて回る問題。

このTHE CHERRY COKE$という小さな会社をデッカく、そしてもっと皆から愛されるモノにしていく為に今日も無い知恵振り絞ってる。

そしたら謎な内容のblogになって来て終わりも見えないので今日はココで強制終了。
要はバンドでも他の違うコトでも、同じコトを一生懸命続けてると知らないうちにいぶし銀が効いてイイ感じになってるんじゃねーかなって思う。
頑張ろうぜバンドマン!

赤坂BLITZまであと24日!!!

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KAT$UO
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by YUICHIROtccs | 2013-11-30 23:39

Go this way☆


この頃レコーディングは終盤に近付いていたが急遽MASAYAもリードギターを録るコトになった。

やがてその作業も終わり、それと同時に1年近くサポートをしてくれたSHIGELがTHE CHERRY COKE$を抜けるコトに。

サポートだから脱退というワケではないが、1年近く一緒に活動しチェリコを愛してくれたメンバーが居なくなることは

想像以上に寂しいモノがあった。

SHIGELは同い年ながらも兄貴肌で面倒見のいい男で、MASAYAへの引き継ぎも最後までシッカリと務めてくれた。


2人が交代するステージは下北沢SHELTER。

別れの寂しさと今までの感謝、そして新しいスタートへの期待が入り交じったこの日のライブは今でも鮮明に覚えている。



こうして新たなスタートを切ったTHE CHERRY COKE$。

それから間もなくプレス発注をしていた7inchレコードが手元に届いた。

100枚がクリアレッド盤、200枚が通常の黒盤。

300枚という少数だったけど、初めて手にした自分達の音源には凄く興奮した。

ジャケット作成は全て手作業。

表は絵具を使い手描き、裏ジャケはメンバー1人づつポラロイドカメラで撮影したモノを張り付けた。

コレを品川駅前のキンコーズに持ち込み皆でコーピー、裁断し1枚づつ袋詰め作業。

こうして出来上がったTHE CHERRY COKE$初となる音源は"Go this way!!"というタイトルのもと

\777という面倒臭い値段が付けられリリースされた。


と言っても当時はレーベルにも事務所にも所属していなかったので販売はライブ会場での手売りのみ。

ただ、前にも書いたがこの時はそれほどライブ本数が多くない。

音源が出来上がっても売る場所が無い。



以前よりデモテープを持ち込みイベントをやらせて欲しいと都内のライブハウスを回っていたが

知名度も無ければブッキングにも出ないバンドにそう易々とイベントは打たせてはもらえなかった。


そんな時に新宿ANTI-KNOCKで当時店長をやっていた三浦さんが「面白そうじゃん、企画書送ってよ」

と受け入れてくれて、この"Go this way!!"のレコ発パーティーを打たせてもらえるコトになった。

確かこの時は15バンド位を呼んで昼過ぎから翌朝までのブッ通しのイベントになった。

こうしてライブ会場でレコードを売り、手擦りのTシャツを作り販売しながら徐々に活動の幅を拡げていった。


ちなみにこの新宿ANTI-KNOCKで当時店長をしていた三浦さんは現在渋谷CYCLONEと最近オープンしたGARRET宇田川のオーナーであり

この時からCYCLONEに移った今でも何かとオレ達のコトを気にかけてくれて、

コトある毎に手を貸してくれるチェリコにとっての恩人である。

14年間様々なシーンを渡りながら来たオレ達には所謂ホームと呼べるハコが無いのだけど、

もし1つ挙げるとするならば三浦さんの居るハコと答えると思う。



続く…



赤坂BLITZまで後25日!!!

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LIVE情報→ www.thecherrycokes.jp


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by YUICHIROtccs | 2013-11-30 00:01

MASAYAとの出逢い☆





こうしてアコーディオンという飛び道具を手にしたTHE CHERRY COKE$の音楽は更なる華やかさを手に入れた。

YOSSUXI加入後、幾つかのライブを重ねいよいよレコーディングが始まった。



収録曲は以下の通り。


1.GUNS OF NAVARON
2.SMILE
3.S.H.C
4.DETROIT THE POOH
5.NOT BEEN ALONE
6.THEME OF CHERRY COKE$


1曲目のGUNS OF NAVARONはジャマイカを代表するSKAバンド"The Skatalites"の名曲のカバー。

2曲目のSMILEはネオロカテイストを加えたミドルテンポのなナンバー。

3曲目のSHCは攻撃的な管楽器が印象的なNEO SKA。

4曲目のDETROIT THE POOHは骨太なロックンロールを意識したナンバー。

一つ飛ばして6曲目のTHEME OF CHERRY COKE$はスゥイングロックを意識した曲になっている。



そしてこの5曲目に入っているNOT BEEN ALONEという曲こそが今のTHE CHERRY COKE$の方向性を決める一曲になった。

この曲は後に発表される"BEER MY FRIENDS"というファーストアルバムにも再録し収録されている曲。


ココで初めて、以前KOYAがヨーロッパ土産で買ってきたティンホイッスルが試験的に使われた。

ちなみにこの時ティンホイッスルを吹いたのはHIROMITSUであった。



レコーデイングも終盤に差し掛かった頃、以前よりDOLLで募集をかけていたギターに応募の連絡が来た。


「当方パンクロックを基本にスカ、ロカビリー、スウィング、ラスティック等の楽曲を演奏」

確か当時DOLLに掲載した募集欄にはこんなコトが書かれていたと思う。


そのギター志願者から連絡が来て、初めてHIROMITSUが電話で話した感触だと、どうやらロカビリーやサイコビリーが好きっぽいという印象だった。

オレとHIROMITSUはもしソイツがGretsch(グレッチ)を持っていたら採用しようと初めから決めていた。

ちなみにGretschとはアメリカを代表するギターメーカーで、多くのカントリーやロカビリーのギタリストがこのグレッチのギターを愛用していた。




待ち合わせ当日、場所はKOYAと出逢った時と同じ場所、東急東横線都立大学駅。

車で来るという彼に場所を伝え待ち合わせの時間を待った。



すると前方からいかにも燃費の悪そうなワーゲンがオールドカー特有の「ドルドルドルッ」というエンジン音を鳴らしながら走ってきた。

色はベージュ、VWのtipe-3という車だった。


事前に聞いていた訳じゃないけど、オレ達はそれが一発でギター志願者の男だと分かった。

車内からオレ達の前を会釈しながら通り過ぎ、数メートル先で止まった旧車のワーゲンから降りてきた男は、

顔の倍以上あるリーゼントを立たせボーリングシャツにネックチョーカーをしていた。



スタジオで音を合わせる間でもなく即決で新ギタリストの採用が決まった。


このリーゼントの男こそが現THE CHERRY COKE$のギタリストMASAYAである。

こうしてバンドは新たな新戦力を手に入れた。



この時のメンバーは

Vo.KAT$UO
Ba.HIROMITSU
Gt.SHIGEL
Gt.MASAYA
A.sax.RIE
Tp.KOYA
Acco.YOSSUXI
Dr.MOCCHI

の8人。

チェリコ史上最多の編成になった。


2001初頭のコト。



赤坂BLITZまで後26日!!!

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by YUICHIROtccs | 2013-11-28 23:58

初めてのレコーディング☆

PARALLEL OCEAN大阪ありがとう‼︎

こちらについてはまた後日書きます。

とりあえず時間がないのでチェリコの歴史の続き行きます☆




-初めてのレコーディング-


2000年の終わり頃になると、自分達の音源を作りたいという話が持ち上がった。


初めて作る自分達の音源。

当時は既にCDが主流だったが初めて作るなら7inch Vinylにしたいというコトになった。

所謂アナログ盤である。

何故オレ達がレコードにこだわったかと言うと、

今でこそCDで再発されている海外のアンダーグラウンドなバンドも当時はまだアナログ盤でしか日本に入って来ていないモノが多く、オレ達もよくレコードを買っていた。

中にはプレミアが付いて一枚何万もする高値で取引されているモノもあった。


そんな事もありその頃のオレ達にはレコードは意外と身近なソフトだったし、きっとそんなプレミア感やアンダーグラウンド感にも少なからず憧れがあったんだと思う。


レコーディングも今のようなデジ卓ではなくアナログ卓。

コレはこだわった訳では無く、いつも入っていたスタジオにソレしか無かったからだ。


こうして初レコーディングへの準備が始まった。


収録曲は6曲、それまでライブで演奏していた楽曲半分、レコーディング用に作った曲半分位だったと思う。



以前書いた通りこの時のメンバーはまだ6人、ただその内ギターとドラムはサポートメンバー。

KOYAが加入した後も"DOLL"でこの2パートの募集を続けていた。

そしてギターとドラムの正式メンバーの他に新たにアコーディオンを入れたいという話も出ていた。



確かレコーディングに入る直前位だったと思う。

HIROMITSUが他にやっていたバンドのスタッフでアコーディオンを弾けるという女の子が現れた。


今でもそうだが、この時バンド界隈でアコーディオンを弾けるヒト、アコーディオンを持っているヒトを探すのはかなり至難の業だった。

知り合いという安心感もあり、すぐに加入が決まった。


彼女の名前はYOSSUXI。

THE CHERRY COKE$の初代アコーディオン奏者である。


こうしてTHE CHERRY COKE$は今のような7人編成のバンドになった。

結成から2年目のコト。


続く…


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赤坂BLITZまで後28日!!!


KAT$UO
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by YUICHIROtccs | 2013-11-27 23:27

名古屋クアトロ終了☆

ゴメン!!!

今片付け終わった…。


やっつけな感じになるのは嫌なので今日はチェリコの歴史はお休みします。

楽しみにしてくれてた方ゴメンなさい!

明日頑張ります!


今日のライブで嬉しかったコトがあったので、それを書いておきますね。


最後の最後アンコールでFiestaをやった時、きっとアリス十番のお客さんだと思うんだけど、サイリュウムライト?だっけ?あれを振って楽しんでくれてたヒトが観えた。

POLKAの時手拍子してくれてるSCREWのお客さんが観えたよ。


嬉しかったな。


本当に。

明日も全力で楽しもうね☆


名古屋クアトロ、最高の一杯を頂きました!!!


明日は大阪!

ヤッチマオウゼッ!!!!!


赤坂BLITZまで後28日!!!


KAT$UO
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by YUICHIROtccs | 2013-11-26 23:45

BARROW GANG NIGHT☆

「こいつ早くも挫折しやがった!!」と思った皆さん、ごめんなさいギリギリセーフですコンバンワ。

東京では雨風が強くなってきたので寝る前は洗濯物を取り込むのを忘れないでくださいね☆



んなコトどうでもイイか…。

ではHISTORY OF THE CHERRY COKE$ 続きをどうぞ。





-BARROW GANG NIGHT-



前回の終わりで書いたKOYAがヨーロッパ土産で買って来たティンホイッスル。

コレは今のTHE CHERRY COKE$を表現するのに無くてはならない要素の一つでもある楽器。

ただこの時はまだ今の様なスタイルではなくLESS THAN JAKE、VOODOO GLOW SKULLS、LINK80等に

影響を受けたSKA CORE色の強い音楽性だった。

KOYA自身その時はいずれ自分が担当するコトになろうとは思ってもいなかったと思う。


では何故KOYAがこのティンホイッスルをHIROMITSUへのお土産として買って来たかと言うと

HIROMITSUは彼の家柄で幼い頃から「江戸里神楽」という日本伝統芸能に従事していて

笛、拍子、太鼓などの楽器が扱えた為、コレもいけるんじゃないかという軽い気持ちで買って来たんだと思う。

予想通りすぐに扱えるようになったし、何より音楽にとことん向き合う彼はティンホイッスルの腕をメキメキと上げていった。




この時期オレは職場へアルバイトで来ていた一人のバンドマンと出逢う。

彼の名はタケウチ君。

"BARROW GANG"というSKAバンドをやっているという話だった。

オレもバンドをやっている話をし、その後現場で顔を合わせる度に好きな音楽やバンドの話をした。


タケウチ君と出逢って数ヶ月かした頃、彼が「今度オレ達が主催するイベントがあるんだけど出てみないか?」と誘ってくれた。

しかも場所はなんとあの「恵比寿Milk」




話は前後するが


この頃、アメリカ西海岸から流れてきたメロコアや東海岸から来たハードコアの影響を受け

日本国内でも90年代後半からPUNK ROCKの大きなムーブメントが起きていた。

2000年に入りその音楽は更に細分化され速度を上げていったように思う。


それがどの位の規模だったかを当時を知らないヒト達へ補足しておくと

"SOBUT"や"THE MAD CAPSULE MARKETS"等当時のPUNKシーンを牽引したバンド達が軒並みストリート系雑誌の表紙を飾り

渋谷や原宿は彼等の着ている服や髪形を真似た若い連中で溢れ返っていた。

多くのコンピレーションアルバムが乱発され、遂にはコンビニのレジの横にPUNKのCDが置いてあるほどだった。



そして、この「恵比寿Milk」こそがそんな最前線にいるバンドたちが根城にしているようなハコだった。


興奮しない理由がない。

二つ返事で出演を受け彼等の主催する"BARROW GANG NIGHT"へ出させてもらうコトに。


コレがTHE CHERRY COKE$にとって一つ目の大きなターニングポイントだったように思う。


このタケウチ君は後に"TIGER FEET"というバンドを経て現在は"THE FATNESS"でMartinの名で活動中。

他には、SaxのSHIMAZU君は"THE JAPONICANS"、BaのRYOICHI君は"THE BODIES"で今尚活動中。

そしてこの日出演していたサイコビリーバンド"RABITS"(後にRABITへ改名)

のWOOD BASEが現在"THE FATNESS"で活動中のGURO君で、そこでドラムを叩いていたのが

後に"JUNIOR"のドラマーとなるATSUSHI.A.Jrだった。


友達としても活動の範囲としてもココで大きく拡がり、その後この仲間達とは本当に多くの共演を重ねた。


そしてこの頃から自分達でもイベントを企画したいという気持ちが強くなり、スタジオで一発録りしたカセットテープを持って

都内のライブハウスをまわるコトになる。



2000年下半期のコト



続く…




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赤坂BLITZまで後29日!!!


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さて、明日明後日はTHE CHERRY COKE$企画"PARALLEL OCEAN"が名古屋、大阪で開催されます!!



以前Facebookのほうには書いたのですが改めて。

このイベントはアイドル、ヴィジュアル系、チェリコというジャンルを超えた共演。

普段あまり触れるコトない音楽やバンドの共演で演者側もお客さんも更に新しい発見や遊び場が出来る切っ掛けになったら嬉しいなと思います。

実際自分自身も前回の渋谷クアトロで凄く多くの刺激をもらいました。

音楽ももちろん、パフォーマンスやステージに立つコトの覚悟や意気込みなど、やはり畑が違うとそういった裏側の光景も

普段とは少し違うように思いました。


お客さんのマナーについては少し残念なコトがあったのも事実です。

それについてはMASAYAがblogで真摯に伝えてくれて多くの反響があったので目にしたヒトも多いかと思います。

ただ、Twitterでも書いたのですがバンドもお客さんもお互いを映し出す鏡のようなモノだと思います。

チェリコのお客さんのマナーが悪ければそれはオレ達にも何らかの原因があるのだと感じます。

そうさせてしまう、それを受け止められない、オレ達の器量でもあると痛感します。


オレ個人の意見としてはバンドがお客さんに対し何かのルールを求めるのはあまり好きじゃなくて

それはオレ等もお客さんも子供ではないしライブハウスは学校でもないからで。

ミンナが自分の意志で集まり、しかもお金を払い来てるのだからそれぞれに主張する権利があると思う。

暴れたいヒトが居ればカウンターに座ってユックリ観たいヒトも居る

素面が居れば酔っ払いも居る、大きな声を出したいヤツが居ればソレをうるせぇなと思うヤツも居る。


色んなヒトが色んな環境を求めてやってくる場所だから、なかなか共通のルールで楽しむってのは難しいと思う。


だけどね、その沢山のヒトが色んな形の「楽しみ」を求めてやってくるコトだけは共通してると思うんだよね。

そのヒトが手にした、そしてアナタが手にしてくれた、決して安くない金を払ったチケット代には

「嫌な想い」をするってのは含まれて無いはずだから。

コレに関してはバンドもお客さんも関係ないよ。

ヒトとヒトが繋がってやってるコトだから。


普通で良いよ。

普通に仲間と接する時みたいにすれば、必然と良い感じになるんじゃないかなって思うよ。

一緒に成長していこうぜ。


そして今一度このイベントの趣旨に共感してくれたら

想い想いに楽しんでくれたら嬉しいな。


さぁPARALELL OCEAN 2杯目!!!

最高の一杯を用意して待ってるぜ!!!


■PARALLEL OCEAN~Hoist The Colours~


2013.11.26 [Tue] 名古屋 CLUB QUATTRO



ACT
■THE CHERRY COKE$
■アリス十番
■SCREW

TIME
開場 : 18:15/ 開演 : 19:00

TICKET
前売 : ¥3,500/ 当日 : ¥4,000/ DRINK :¥500



LIVE情報→ www.thecherrycokes.jp


KAT$UO
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by YUICHIROtccs | 2013-11-25 23:40

KOYAとの出逢い☆

コンバンワ!!

記事へ対してのコメントやRT、記事のシェアなど本当にありがとうございます!!

自分で言い出しておきながらも不精なオレが1ヶ月間毎日blogを書き続けられるのだろうかと少し不安になっていたのですが皆さんの暖かい反応に励まされ今夜もポチポチとキーボードを打っております。

時系列に沿ってなるべく分かり易いように書いていくつもりですが、なんせ記憶が曖昧なトコや酔っ払っていて覚えてないコトも多いので多少前後するコトもあるかと思いますがどうぞ寛大な気持ちで読んで頂けたらと思います。

それでは前回の続きを。




-KOYAとの出逢い-


確か2度目のライブで初代ギターのYUTAが抜け、変わりにSHITのギターだったSHIGELがサポートで手伝ってくれるコトになった。

当時は今と違って月に何本もライブがあった訳じゃなく、2、3か月に1本あれば良いペース。

所謂ブッキングというライブハウスが主催するライブには出なかったので友達の企画するイベントが主な活動の場所。

HIROMITSUが他でやっていたバンドの知り合いやその伝で徐々に友達を増やしていくやり方だった。

初ライブから間もなく、今は無きパンクロッカーのバイブルとも言える音楽雑誌"DOLL"でトランペットを募集した。

今ではネットが普及しSNS等で見知らぬヒトとも気軽に知り合えるけど、

その頃はスタジオやライブハウスまたはこういった音楽系雑誌などの投稿でメンバーを募集するのが当たり前だった。

勿論住所やケータイ番号もそのまま雑誌に掲載。

この時何件かの応募があったのだけど、一番最初にやって来たのはコーンローヘアーにLAレイカーズのデカ目のビブスを着た100m向こうからでもソレと分かるようなBガールだった。


しかもVocal希望。



あれ?

…えっと、オレ達が募集をかけていたのはトランペットで…しかもパンクロックを主体とした…


あまりにも違う方向から飛んで来た変化球にそんなコトを言える空気でもなく、その日はBガールと不思議な時間を過ごして終わった。

勿論その後彼女からの連絡はなかったしコチラも連絡はしなかったと思う。


そうこうしているうちに当時まだ専門学校に在学中だったKOYAから連絡が来た。

今回は事前に確認した。

間違いなくトランペット志望らしい。




初顔合わせは目黒区、東急東横線都立大学駅前。

迎えに行く約束はしたけどオレとHIROMITSUはKOYAの顔を知らないし向こうもオレ達の顔を知らない。

確か夏場でオレはリーゼントにアロハシャツ、HIROMITSUはモヒカンにタンクトップみたいな出で立ち。

駅の改札に着くと明らかトランペットが入ってると思われるハードケースを持ったメガネでロン毛のオシャレな男が立っていた。

それでも確証が無かったオレ達は何度か彼の前を行ったり来たりして様子を伺った。

しかし一向に声をかけてこない、どころか目も合わせてこない。

約束の時間は過ぎていたしコレはさすがに違うのかなと思っが帰る前に念の為一度声をかけてみようと思い、話しかけてみるとやはりKOYA本人だった。



KOYA本人の後日談によると、来た瞬間一発で気付いたけどあまりにも見た目に品が無かったので声をかけられなかったらそのまま帰ろうと思っていたらしい。

ちなみにKOYAは当時DUBやREGGE、SKA等の音楽にドップリで今考えても何故あの時チェリコに入ろうと決心したのかは分からない。が、

兎に角こうしてめでたくトランペットとしてKOYAが加入するコトになりバンドのサウンドは更に華やかになった。


余談だけどKOYAが何故"ミツヲさん"と呼ばれているのか不思議に思っているヒトも多いと思う。

コレは彼の初ステージの時にオレが間違えて紹介したのが原因。

加入してすぐに初ライブだったと思うんだけど、その当時は確か苗字で呼んでいて、

しかしライブでメンバーを紹介するのに苗字は違うなぁと思い咄嗟に名前で紹介しようとしたところ

光也と書いてKOYAなんだけど、うろ覚えだったオレは

「ミツヤ?ミツナリ?ミツヲ…ミツヲだ!ヨロシク!!」なんて適当なコトを言ったのが始まり。

何故かあの日から今に至るまでずっとミツヲさんと呼び続けている。

本人は頑なにKOYAで通しているが今となってはメンバーの誰一人としてKOYAと呼んでないのが

自分のせいであるにも関わらず少し不憫に思う。



この時のメンバーは

Vo.KAT$UO
Ba.HIROMITSU
Gt.SHIGEL
A.sax.RIE
Tp.KOYA
Dr.MOCCHIの6人。


そうこうして何本かのライブを重ねていた頃、KOYAが専門学校の卒業旅行でヨーロッパへ行くコトに。

その時HIROMITSUへのお土産として買ってきたのが今まさにKOYAが担当しているティンホイッスルという楽器だった。



2000年春のコト。


続く…

赤坂BLITZまで後30日!!!

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LIVE情報→ http://www.thecherrycokes.jp/


KAT$UO
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by YUICHIROtccs | 2013-11-24 21:40

The Beginning☆

さて、昨日毎日blogを書くなんて啖呵を切ったものの…何を書こう(笑)



今年で結成14周年になるんだけど当たり前のようにお客さんの顔ぶれも変わってきて、

14年前のオレ達を、チェリコのライブを知ってるヒトは少ないと思う。



と言うことで、先ずはTHE CHERRY COKE$ってバンドがどうゆう経緯を辿ってココまで来たか、どんなバンドなのかを

オレ達を知らないヒトにも知ってもらえるように、既に知ってるヒトにも今一度、

そして自分自身もう一度振り替える為に書いていこうかな。





結成は1999年。

オレ達の代表曲でもある"1999"(3rdアルバム「sail th pint」収録曲)って曲のタイトルはココからきてる。



オレとHIROMITSUは元々隣町の中学に通っていてガキの頃から顔見知りだったんだけど20歳前位に仲間を介して再会。

彼はいくつかのバンドを掛け持ちしていて色んな話を聞いた。

当時オレは現場仕事をしていて酒と車以外に特に趣味といったものはなかったし音楽はカーステやコンポで聴くモノだと思ってたから凄く新鮮だった。

まして自分が演者側に立つなんて当時は想像もつかなかった。



そんな出逢いをきっかけに彼等のライブへ遊びに行ったりライブのフライヤーを描いたりしてて半年位経った頃かな。


「今度のライブで何か1曲歌ってみない?」と誘われ、安請け合いしたのがオレにとっての初ステージ。

曲はTHE BOOMの「神様の宝石でできた島」SKAバージョン。秋葉原にあるライブハウスGOOD MAN、多分98年のコトだと思う。


それから暫くしてHIROMITSUとYUTA(チェリコ初代Gt)、KAMATA(チェリコ結成時Dr)で新しいバンドを組むって話になってボーカルをやってみないかって誘われたのが始まり。

YUTAは地元の仲間で同じ中学からのツレ、KAMATA君はHIROMITSUのバンド繋がりの先輩だった。

場所はオレ等の地元、蒲田にあったBOSTON CLUBってプールバー。始めは酒のうえでのノリだと思ってまたもや安請け合い。



しかし毎日のように遊び話していくうちに話は本格的なモノになりバンド名を持ち寄ったりして、

気付いた頃にはオレとHIROMITSUは自分たちで手描きしたTHE CHERRY COKE$って名前の入ったパーカーを着ていた。



PUNKやHARD COREにSKA、ロカビリー、その他パーティー音楽の要素を加えた賑やかで騒がしいバンド。そんなコンセプトだった。

昔吹奏楽をやっていたってコトで地元の遊び仲間だったRIE(初代A.Sax)を勧誘。

それから半年位曲を作ったりスタジオで練習したりして初めてTHE CHERRY COKE$がLIVEをしたのが

高円寺GEAR。


結成当時のDrであったKAMATA君は初ステージを踏む事無く脱退、代わりにHIROMITSUが当時掛け持ちしていたバンド"SHIT"のドラムがサポートで叩いてくれた。


そのドラマーというのが後に正式加入する現メンバーのMOCCHIである。

THE CHERRY COKE$初ステージのメンバーは

Vo.KAT$UO
Ba.HIROMITSU
Gt.YUTA
A.Sax.RIE
Dr.MOCCHIの5人。




1999年春のコト。



続く…




赤坂BLITZまで後31日!!

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LIVE情報→ http://www.thecherrycokes.jp/


KAT$UO
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by YUICHIROtccs | 2013-11-23 18:47 | THE CHERRY COKE$

Hoist The Colours tour FINALへ向けて☆

最近毎日どうすれば一人でも多くの人にLIVEへ来てもらえるかを考えてる。


赤坂BLITZでファイナルをやるコトが決まってからというもの、事務所に集まり何度もミーティングを重ねて、
ミンナで意見を持ち合いワクワクするような案も沢山出てる。

当日まで種明かしは出来ないけどマチガイなく面白いモノになると思っている。

そんなLIVEを一人でも多くのヒトに観てもらいたい。


観てもらう為には来てもらわなければならないし、来てもらう為には知ってもらわなければいけない。

LIVEやSNS、フライヤー等では告知をしているけどまだまだ届いてないし、それ以前にオレ達を知らないヒトも沢山いる。



多くの人に来てもらいたいしSold outしたらこんなに嬉しいコトは無い。

だけどそれは小難しい色んな数字の話とは別で、このLIVEを観ておいてもらいたいって気持ちが強いからなんだ。


かと言ってtwitterやFacebookで決まったLIVE告知を繰り返ししてRTをしてもらえるよう煽ってもチョットウザいかなぁって気もするので
今日から12月23日のBLITZまで毎日blogを書いていこうと思います。

twitterやFacebookにも今まで通り載せていくのでお時間がある時にでも読んでもらえたら嬉しいな☆



一人でも多くの人に12月23日に赤坂BLITZでチェリコのツアーファイナルがあるってコトだけでも知ってもらいたい、
オレ達のコトを知らない人達にもこんな音楽があるんだってコトを知ってもらいたい。

必死こいてダセェなって思うかもしれないけど、悔いは残したくないし最後に笑いたいんだ。

とりあえず挫折しないように頑張るよ!!

そして最初に一度だけ書いておくけど、気が向いたらRTしてちょーだい(笑)


ではまた明日☆

赤坂BLITZまで後1ヶ月!!

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LIVE情報→ http://www.thecherrycokes.jp/

KAT$UO
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by YUICHIROtccs | 2013-11-23 01:33 | THE CHERRY COKE$