THE CHERRY COKE$のVO.KATSUOのLogBook


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THE CHERRY COKE$"1999-11th,MAY 2014"第一章を終えて


改めまして、5月11日東京キネマ倶楽部に来てくれたミンナありがとう。

来れなかったけどメールやメッセージ、リプライをくれたり想いを届けてくれたミンナ、ありがとう。


この日をもってベースのHIROMITSUとトランペットとティンホイッスルのKOYAがTHE CHERRY COKE$を脱退しました。

1999年、東京の大田区という街でHIROMITSUと2人で始めた悪ふざけが、まさか15年も続くなんて、その時は思ってもいなかった。


メンバーとの出逢いは今迄も何度か書いてきたので省略するけど、まぁどう考えてもこの2人が居なかったら

今のチェリコも無かったし、オレ自身もこんなに沢山の仲間と出逢うコトも無かった。


自分で5月11日をもってチェリコの第一章を終わりにすると言っておきながらなんだけど

最後にHIROMITSUとのコトを書いてから、次へ踏み出そうかと思う。



バンドを始めた頃、毎晩のように彼の家に行ったコトがもう15年も昔のコトなんだな。


初めて行った大森の家は欧米スタイルを真似てベッド以外は土足だったのは衝撃だった。

戸越の家は「押入れの中の天井が何度締めても開いてるんだよ、絶対霊の仕業だよ」って。


絶対ネズミの仕業なんだけど、まぁそんなコトはどうでも良かった。

それより、誰もオレ達のコトなんて知らなかったけどTHE CHERRY COKE$という小さなコミュニティーの中で

毎日のように顔を合わせ、お互い好きな音楽の話をしたり曲を作ったりスタジオに入ってるコトが楽しくてしょうがなかった。

音楽は聴くモノだと思っていたオレに自分でやる楽しさを教えてくれたのもHIROMITSUだった。

レコード屋に行っては新しいCDやレコードを買ってきて貸し借りした。

2人でポマードを塗りたくって中野サンプラザにブライアン・セッツァーの来日公演を観に行ったコトもあった。


彼がYOSHIYAさんに誘われてRadiotsを始めた時は、チェリコ云々より単純に嬉しかったし誇らしかった。


あの土足のきったない大森のアパートの壁には、昔SOBUTのライブを観に行って

YOSHIYAさんと並んで撮ってもらった写真が大事にずっと飾ってあったのをオレは知っていた。

あぁ、コイツ一つ夢叶えやがったなぁ、スゲェなぁって。


その後バンドも徐々に忙しくなってきて、悪ふざけのつもりだったモノがドンドン本気に変わっていった。

昔に比べてプライベートで遊ぶコトも減ったし話をする時間も減った。

一緒にいる時間は長かったけど、それはバンド活動をする時間であって友達としての時間じゃ無くなっていた。

気持ちがすれ違ってるなぁって思った時期もあったし意見が喰い違うコトも増えた。

昔は気にせず何でも話せた筈なのに、お互いどこか遠慮し始めてる気もした。


そんな時期にバンドとしても夢の一つであったアメリカツアーが実現した。

しかも憧れのフロッギング・モーリーとのアメリカ横断。

夢見心地の毎日に浮かれながらも不安と緊張の日々だった。


メサでの最終日、自分達のステージが終わった後オレ達は一つ大きな夢を現実のモノにしたんだなと思った途端

メンバーが愛おしくなった。


会場内を一人で歩いてたHIROMITSUを見付け後ろから肩を組んだ。

「オレお前とバンドやってて良かった、アメリカまで連れてきてくれてこんな経験をさせてくれてありがとう」って伝えた。

HIROMITSUも「オレもそう思ってるよ」って言ってくれた。

その途端涙が溢れてきて、鼻水を垂らしながらビールを奢りあった。

このコトはココに書くまで誰にも言ってないし見られていない、と思う…多分。

青臭くて安い青春ドラマみたいだけど、オレにとってはコレがアメリカツアーでの一番のハイライトなんだよ。


それから日曜日のキネマ倶楽部まで、何度も喰い違ったしすれ違ったし喧嘩もした。

勿論楽しい話も沢山したし酒も呑んだ。


お互い沢山考えて出した答えが今の状況な訳で、コレからオレはHIROMITSUやKOYAがチェリコを辞めたコトを後悔する位頑張んなくちゃいけないと思ってる。

絶対に後悔させてやると思ってる。



だから


HIROMITSUもKOYAも絶対に後悔しないでもらいたいと思ってる。



HIROMITSUって男はモノ凄くピュアな男だよ。

照れ屋だけどシッカリ熱いモノを持ってる。

ただ、この前のライブでもそうだったけど、こうゆうのは苦手なんだよ。

嫌がるんだよ…照れ屋だから。



チェリコにおいて彼とオレは他のメンバーより付き合いが長かったし

チェリコというモノとの付き合いも誰より長かったから言わせてもらう。



HIROMITSUが創ったTHE CHERRY COKE$と言う音楽に救われたとか勇気をもらったとか人生変えられたとか言ってくれる人がいるけど


一番変えられたのはオレだよ。

この先もソレだけは変わらない。



これからは友達として、15年間共に戦った戦友として彼を応援していこうと思う。

最後の最後にHIROMITSUの一番嫌がりそうな青臭い日記をかいてゴメン。


そしてほぼKOYA、いやミツヲさんに触れてなくてゴメン。

また改めて書くよ。

野暮は承知だけど、なんとなく自分の中での区切りとして書いておきたかったんだ。



2人の今後の人生を応援してるぜマジで。

今迄本当にありがとう。


ヤッチマオウゼッ!!!!!



KAT$UO

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by YUICHIROtccs | 2014-05-14 03:12